
4月22日は亡母の命日です。親族の参集にあわせ、4月19日の日曜日に私と細君、長男夫婦と孫娘、長女と孫娘、細君の母、義妹で17回忌法要を執り行いました。自ら法華経 方便品・寿量品の読経・唱題と懇ろにご供養申し上げました。4月22日は長男の誕生日でもあり、私以上に長男の母に対する思いのほかを考えました。命日と誕生日が重なるのは万分の一と言うところでしょうか。彼が中学一年になるこの年に真新しい学生服に身を包んで病床の母を見舞いました。その時に母は長男に入学のお祝いと餞の言葉を贈ってくれたそうです。その言葉を胸に刻んで立派な青年に成長しました。彼は一生、亡き我母を忘れることがないでしょう。胃がんを患い享年71歳でした。桜の花が舞い散り、葉桜が青々としげる頃でした。人の一生を桜の樹にたとえるなら樹木を命として絶えるのが散る桜、生き行く桜は残る桜。などと思いを巡らせました。故人の姿かたちは見ることは出来ませんが私を育くんでくれた愛情は今まさに孫に愛情を注ぐ長男の嫁・長女たちが継承しています。その姿は尊く光り輝いています。たいして親孝行が出来なかった分、子供たちや孫たちに存分にしてあげたいと思っています。親族と食事を囲みながら一人ひとりが亡母の思い出を語ってくれたのが何よりです。いずれ我が身も散る桜。思いを残さないように日々を充実させたいと思うのであります。我が家の前には国道43号線から北上して国道2号線まで見事な桜並木のプロムナードがあります。平成7年の阪神大震災前は植樹された桜の樹木が枯れそうになっていましたが震災の地割れで息を吹き返しました。震災以降に細君の両親の土地に合併して新居を構えました。今年も、その桜の木々は散る桜と残る桜を見事に奏でました。家の前の大きな桜。私たち家族は母の名前をとって「りゅう桜」と呼んでいます。
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